目を奪われる、というのはこれの事かと刮目した。

邸内の守りに当たっていたのだろう、己の倍以上もある体格の男を切り伏せ、ザンザスの姿を見咎めたそれは嬉しげに破顔した。

「ようやく見つけたぜぇ。随分手間どっちまったけどなぁ?」

剣に付着した血を払いながら、獰猛な銀は傲然と面を上げ真っ直ぐにテラスから出てきたザンザスを射抜いた。

銀色の小さな瞳孔が中央にポツンと浮いた眼を、まるで世界のすべてを見下すように細めたそのくせ、乞うるような瞳でザンザスを見つめてくる。

「なぁ、御曹子」

擦れた耳障りであるところの声はそれでも不快ではない。

むしろ、そのざらつきが嫌に色めいて聞こえてザンザスの背筋をざわめかせた。ぞわりと腹の奥底を這う、得体の知れない。否、認めたくない衝動。それをその痩躯に感じた事実に憤怒が沸き起こり、彼の苛烈な眼差しはさらに激しさをました。

しかしむけられた対象は押し寄せるマグマの如き灼熱に焼き付くされる所か、与えられた害意にするどい容貌を腹がくち、うっとりと法悦に心身を浚われる肉食獣の表情へと変貌させてしまった。

「御曹子。ボンゴレの御曹子。俺をあんたのものにさせてくれよ」

唄うかのように節をつけて、まるで恋しい男に情けを乞う女のように陶酔しきった熱っぽい眼で、声音で、その兇悪な生物はザンザスに強請って来る。

たったいま顔を合わせたばかりの侵入者風情が気安く、まるで馴染みの男に対する女のように。

「俺は役に立つぜぇ?」

見ていたろう?と、その獰猛な牙に食いちぎられ絶命した男を気安く示して言い放ち、甚だ下品に唇を引き歪めてみせる生き物の、拒絶される可能性なんて微塵も考えていない、美しい刃の立ち姿。本能で己の価値を、その得難さを理解している、傲慢な存在。

真っ白な外装の内面を剥き出しにして爛々とぎらつき、容赦なく切り込んでくる双眸は打算だとか策略だとか、そんなくだらない思考に囚われない、ただ欲望の儘にあるのだと否応なく知らしめる、あまりにも危険なものだった。

なぜそんなにも無防備に自分を見せられる。

畏れなどなにもないととでも言うのか。

土足で領域を踏みにじられた挙げ句、ストリップでも始められたような衝撃だ。

忘れていなければ。否、これだけで強烈で派手な奴を忘れるはずもないから、実質これが初対面である。

何処でどうやってザンザスを見かけたかは謎だが、まともに相対するのはこれが最初。なにを知るでもない男相手に所有してくれと、思慕も明け透けに熱烈な求愛をしてくる浅慮を嘲るなという方が無茶だ。

だが、腹を抱えて笑い出したいのは、それとはまったく無関係だ。

気が狂ったかと思うほど、哄笑を上げ続けたいのは侮蔑が理由ではなかった。

この度し難く得難い希なる生物が手の中に墜ちてくる、手指が震えそうな歓喜故にだ。

だが、同時に走る戦慄がそれを押しとどめる。

同じ程に、おののいている。

なにに怯えている。

支配されることにか。

征服されることにか。

根拠なく、ザンザスは確信していた。

間違いなく、この存在がザンザスを変えることを。彼だけの土地に、一角を占めるだろうことを。

彼の一番柔く脆い、根幹部をはんで、そこに収まり居座って根をはる。

己を弱くする、己の弱さを露呈させる存在になる。

それを予感してさえ、ザンザスは欲した。

このあまりにも恐ろしく物騒な刃を、手にしたい欲望にかられた。

それでも、足手まといなどいらない。

弱点になる存在など。

「侵入者の科白じゃねぇな」

ひりつくような喉咽の痛みに、声が擦れなかったのは奇跡的だ。

「仕方ねぇだろぉ。こいつ等が邪魔しやがるから」

途端にいままでの艶やかさが嘘のようにガキっぽくふてくされた少年は、息絶え、ただの肉塊に変わった巨体を忌々しそうに蹴りつける。

そのギャップにとうとう堪えきれず笑いを吐きだして、ザンザスはその拍子に己の願望を肯定してしまった。相手のではなく、己のを、だ。

「いいぜ」

途端、喜色に面貌を輝かせる相手に釘を刺すのを忘れない。

「ただし、トラッツォーネファミリーを潰してこれたらな」

「とら?どこの奴らだ?」

首を傾げたそのあどけないとすら言える質問に施しを与えてやる気はなく、ただ条件だけを提示する。

「3日でできたら、テメェを俺の側に置いてやるよ」

それに、稚さを払拭してぎらぎらとした輝きが立ち戻るのに、クリスマスツリーの電飾を点灯させるスイッチを押した子供か、バースデーケーキの蝋燭を灯すのと同じ喜びと楽しさに胸が弾んだ。

「絶対だな?」

「ああ。約束してやるよ」

「わかった。まかせとけぇ」

念を押す銀色に愉快のまま、破るものだと思っている約束なんてものをくれてやって、出来るものならば、これだけは守ってやろうと決めた。

だいいち、期待なんて生温い感情は失くしたから、これは期待ではない。

確信だ。

これはなにをしても、どんなことがあっても己の元にまで辿り着いてくるだろう。障害となるもの全てをその獰猛な牙で食いちぎって。

貴様が世界を灰燼に帰そう炎に耐えうるだけの強靱さを持っている事が証明されたなら、所有してやろう。

 

 

失わずに、すむ存在なら。

 

 

 

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